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ある主婦のため息

アラフォー。夫、息子(4歳)との生活

2歳9か月にして離乳か?

 お乳の悩みはずっとついてまわるものだった。

産んだとき、出ない、飲まない(息子の場合は体重が軽めで力が弱かったのか口にするものの、吸い付きが弱いというか)、張る、詰まる、などなど。

混合にしたものの、量はどうなのだろうか、そして、最初の頻繁授乳だと、こちらは疲れやすいし、まあ、授乳ものってきたなあと思ってほどなく今度は離乳もそろそろである。正反対のことを割と短期間で行うようなもので、こちらの気持ち的にもせわしないというかついていきにくい感はあった。

最初は、赤ちゃんが欲しがるだけ・・・、それは栄養とかのみだけでなくスキンシップとしても大切らしく・・・。

が、離乳食が始まると、そろそろ離しましょうと。

手のひら返した感に、私も戸惑いはあるわけで・・・。

そんなことから、私は割と強制的にという形ではなく自然な形にしようと思った。

本当に自然に離れると思ったし、大きくなってまで必要な人はいない。

とはいってもそれは表向きで、私のものぐさという性分もある。必要にかられないとしないというか。

病気になるとか次の子を妊娠するとか、止めなければならないきっかけがないと・・である。

 

長くなると長いというのも聞く。夫の母は、「近所の○○くん、小学生になるまで吸ってたらしいわよ。学校から帰ると、「学校いってやったんだから、吸わせろ。」とか・・・」と。ランドセルをしょったまま吸うというのはあるらしい・・・。夫の弟も末子のためかかなり吸っていたらしいし、それから、私の母も末子だが、母の祖母のお乳(おばあちゃん子だったらしい)を吸っていた記憶があるという。記憶があるのだから、だいぶ大きいころだと思う。

息子にとって悪影響というわけでもないし・・・(唯一は虫歯らしいが。)と楽観的ではあったのだが・・・。

それにしても母親に負担というのは、思う以上ではあった。

歯が生えれば、母親の方の嫌悪感がますというか、嫌になってくるのが自然なのであろう。

子どもと母はいつかは離れていくもの・・・。それもお乳は象徴的でもある。

いつまでもというのは、やはり不自然、負担なのであろう。

 

私が負担でも、息子の方はお乳大好きで、一歳前くらいには夜泣きもあり、お乳はやはり便利であった。便利であるがゆえ、私は利用し、そしてこじらせたのである。

一歳も半ばになってくると、自我も強くなってくる。離乳はいよいよ難しい段階であろう。きっぱり、断乳と言う手段をとるなら、そういう自我の強い前に・・・ということらしい。

もう、強制的には無理ということになってしまった。

離したい、でも無理、それに息子にはやはり効果なものである・・・と私はジレンマである。このころになると、栄養補給と言うより、精神的な支えと言う方がメインである。それにしても具合の悪いときはまた便利なのであるし・・・。

寝る前に離せないのはもちろん、日中ぐずっても効果的なお乳。

愚図りはなくとも、一服というか、食事のあと、疲れたときなど。

 

負担と言うのは時間もであり、赤ちゃんではないのだから、息子は寝るばかりではない。食事も与え、外にも連れて行き、そういうこともしながら授乳。息子のほかに、もう一人赤ちゃんがいるような思いにもなってきたり・・・。

困っていることといえば、そうであった。育児の悩みというか。

でも、離乳に関しては、来るべきときには来るというものであり、嫌でも待つしかないのである。それがいやなら、早々に断乳しかないのであろう。

 

ちょっとした悩みという事だし、周りも優しかった。すでに、ランドセルしょっての・・・の話の他にも、保育園に預けるときも、担当の先生は、「大丈夫ですよ。保育園ではそれなりに過ごすでしょうし、私の甥(だったと思う)も年中くらいまで吸ってましたよ。」とか特に気にはされてないようだった。周りの母親に言う機会があっても、離乳のアドバイスをしてくれる人もいるが(顔をかいたり、ワサビを塗るとか)、同じく「年中の子でもまだの子、いるよ。」とか。

私も、息子はかなり長くなるだろうと思った。顔や、ばんそうこうの対策は、すでに効きそうになかった・・・。

 

それでも、保育園(一時預かり)に預けだしたら、最初は保育士さんの抱っこで寝付いたりしたようだが(重かったと思う・・・)、次第に自分で寝るようになったとか。私がいないときはお乳がなくてもなんとか過ごしてるよう。

癖みたいなものなのだ・・・と思った。私がいるとついねだってしまうという・・・。

息子のしっかりした面も知ることができなので、心配もより薄れてはいった。

 

2歳半くらいになると、寝付かせるときも、最初はお乳をやってみるものの、息子の方でも不自然なのか、体制がきつくなってきてるのであろう、少し口にすると、後は離した。私は体をさすったり、とんとんさせたりして寝かせた。ときどきお乳の代わりに息子は「ギュッとして。」とかいうので、ギュッと抱きしめたり・・・。

ただ、日中の方が意識がはっきりしてるのか、言葉がはっきりしてきた時期だし、「おっぱい、ぱい。」と私にはっきりねだるのである。

でも、やりながら私は言う、「おっぱいはね、赤ちゃんが飲むんだよ~。息子君はご飯食べたりできるでしょ。お友達ももうみんな飲んでないよ~。」とか。

 

赤ちゃんがお乳を飲んだりしてるのを見ることがあったら、「ほら、赤ちゃんが飲むんだよ。」とか。

なんとなく、息子に、もう離れるものとは伝えていた。

 

そういうのが、意味があるのかどうか、息子も少し恥ずかしそうにねだることもあったり。

 

 

そして、ついにこの頃。

私も疲れていたし、気持ちも沈んでたのもあって、息子の授乳を拒否したかった。

まさかと思いつつ、わさびを塗ってみたら、息子はすぐ口を離し泣いた。

ショックのようで、そのまま寝てしまった。

思いのほか効果があったのかも。それ以来あまりねだらなくなった。

一度、寝起きにやったこともあるが、息子の方で夢うつつだから忘れていたのかもしれない。息子は寝起きが悪くて、その都度授乳もしたりしていたのであるが・・・。

息子の頭には、おっぱいが辛くなった・・・とあるのかもしれない。少しのトラウマと。

まあ、トラウマといっても、お乳に頼らなくてもいいころになってきたのであるから・・・。

 

そして、10日以上はたった。

が、お乳はやっていない。

ついに来たのかしら・・・。

体調を崩したりしてもねだらなかった。ただ、胸の方を触ったりはするが、それはしばらくはあるだろう。卒乳をした子でも、胸をさぐってきたりするらしいし・・・。

 

やらなくなったら、寝起きもすっきりしたもので、すこし機嫌が悪くても、なんとか取り戻したり・・・、甘えだったのかもしれない。

 

離乳をしてしまうと、母親の方も淋しさがあるとか聞くが、私は、もういい加減コリゴリだったので、淋しさはない。清々してる・・・。

これが、最後の授乳とか、きっかりと線引きもなく、これが最後の感傷もなかったが、そんなこともどうでもいいと思うくらいの長い授乳に思えたので・・・。

正直、ランドセルまで・・・は私にはありえない・・・ような考えたくないような気がしていた。今でも授乳には体は大きいし、母からも「異様な光景よ。」と言われたり・・・。息子が1歳半ごろにも、一年違う2歳の子らをみながら、あれでお乳とかちょっとありえない・・・とか思ったりしたので、今でも十分違和感だったのである。

 

もう卒乳でいいのだろうか。

またやることがあるのかな・・・。