ある主婦のため息

アラフォー。夫、息子(4歳)との生活

息子と外遊び

今日はATMに行きたかったので、近くのスーパーまで行った。

息子はさてどうするかと思っていたら、公園に行きたがったので、まず公園に行かせて、少しすると車に乗りたいと言い出したので、ラッキーと車に乗った。

 

用は済んだが、まだ遊ばせたいので、こちらの公園に向かった。

道路に出たところで、息子は滑り台をみつけ、走り出そうとしたが、車は通っているので、私は息子を抑え、車がいなくなったところで手を放した。

が、息子は滑り台はせず、散策していた。

ここの公園も大きな木が寄り添ってあり、夏でも、少しは遊べそうかなと思った。

今度は虫が困ることにはなるが・・・。

夏でもできれば、午前中少し外で遊べたらなと思う。

 

息子は2歳前後くらいは、滑り台もちゅうちょなく滑っていたが、このところ慎重になってしまい、ゆるいものでないと滑らなくなっている。

「ここ、怖いね。」とか言って。

 

子供を育てていると、こういうところが興味深い。子育ての醍醐味かもしれないが、人間の成長過程というのがみれ、本能的なこと、というのが特にこのころには主なので、赤ちゃんのころからある、快、不快、そして発展して、喜び、悲しみ、怒り、恐怖など、さまざまなことが備わってくるのだなあと。それは、本当に自然になのであるのだなあと。

 

6歳までは60年の年月に相当する、とかいうのを聞いたことがあり、それは乳幼児のころというのが、人間にとってとても大切ということらしい。それだけ吸収力がすさまじいそう。

だから、私も大切にしなければなあと思う。が、なかなかうまくいかない。その前に忘れている・・・。

日々意識というのも難しい。

けれど、そんな中でも、自然にたくさん触れさせたいというのは私も感覚的に思うので、できるだけ、自然の多そうな中に息子をおこうというのだけは意識があるのかもしれない。

 

この時期は、日中でも木陰ならいれるし、途中息子は木陰の方で遊んでいたが(影のないところは長くはいれないとやはり思うのであろう。)、この日は風も強いのか、寒く感じるくらいだった。日向は暑いのであるが。

 

息子は帽子をかぶらないので、今日は日傘で出かけることとした。

私も日傘の方が好きである。首のストールや、アームカバーもいらないし。涼しい。

が、息子の方へ影をつくろうとすると、私が放れてしなうので、帽子も必要だったかなと思った・・・。かなりの重装備になるが・・・。

まあ、今日くらいの木陰の多さ、選んでいけば、サングラスだけでも十分だとは思う。

 

息子は、木の実や落ち葉を投げて遊んでいた。ひたすら、一心不乱にみえるように、一人で遊んでいた。

私はぼーっとみていたが、寒くなってきたので、日向にでて、少し離れていた。

こういうとき、手持無沙汰というか、前もダムの公園に行ったときも、私は東屋のベンチに座り、息子は走って遊んでいたので、本でも持ってくればよかったと思ったり。

が、こういうやって、外にいて風にあったったりしていると私もいい気分ではあるのである。自然がやはりいいものなのであろう、生き物にとって。

小さい子供でもいなければ、こうやってぼ~っと外にいることもほとんどないのかもしれないし。子供といれば、やはり孤独ということはない。疲れるが、本当の手持無沙汰でもないし、かりたてられるような気持ちもない、反対に、ぽっかりとしたような気持ちもない。

 

ひとしきり遊んだのか、息子は「車に行く。」と言い出した。もうお昼である。

私が抱っこすると、「楽しかった。」という息子。